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さんずんごぶのお話 9

2025/03/04

建材事業部、主任のうっちゃんです。今回の「さんずんごぶ」のお話は・・・
作家・タレントの故 永六輔氏についてのお話を少々。

昭和57年生まれの私と、同じかそれより上の年代の方なら日曜朝の「遠くへ行きたい」によく出演されていたのを思い出すでしょう。少年時代の私にとっては、ぎょろっとした目つきや独特の話し方で少しこわい感じがする人でした。そんな思い出から早30年、まさかこのブログ「さんずんごぶ」のお話で彼、永六輔氏を取り上げる日が来ようとは。

いまから66年前、昭和34年(あえて西暦でなく昭和と表記しましょう)日本では長さを測る単位としてメートル法の使用が義務付けられました。それ以前は尺貫法とメートル法が両方使われていたのを統一するためです。これだけなら、わりとすんなり飲み込めます。しかしなんと、同時に尺貫法を公に使用することが禁じられてしまったのです。大工さんが仕事で「さんずんごぶ」を用いると罰せられるとは、これ如何に。
それではまるで、法隆寺建立で有名な飛鳥時代から続く大工さんや職人さんの伝統や文化を否定されているようではありませんか。実際、昭和40年代はじめ頃までは、曲尺(差し金)などの販売・使用をした者がかなり摘発されていたそう。

ある時、件の永六輔氏の周囲で事件が起きます。知り合いの職人が曲尺で仕事をしていたところ警察に呼び出された、というのです。これをきっかけに、永六輔氏は全国の職人衆に決起を呼びかけ、自らも講演やデモ活動などにより尺貫法復権運動を大々的に展開しました。これにより、法改正とまではいかないまでも、尺貫法を用いて処罰されることは徐々に無くなっていき、永六輔氏は、まさに大工さんや職人さん達のヒーローとなるのです。

法隆寺が尺貫法、寸や尺の単位を使って今から1300年も前に建ったことからすれば、現在の公正な証明、取引で標準使用されているメートル法など、まだわずか66年の歴史しかありません。
寸や尺を使う必要がある職人さん、無くてはならない人たちにとっては、尺貫法は絶対に必要です。そう、かくいう私もまた、その中のひとり。

内海 拓也の人物写真

建材事業部主任

内海 拓也

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